ここではサイトリニューアル前の内容など、残しておいた方が良いと考えるコンテンツをまとめています。コンサルタントの人柄や考え方のご参考にしてください。

コンサルタント紹介

漸(ZEN)コンサルティング紹介

はじめまして、国際財務戦略コンサルタントの味水と申します。宮城県石巻市に住んでいます。

昔、ある経営者の方から

「味水はコンサルに向いているな」

の助言を受けて以来、独立する前からコンサルティングによる課題解決に携わってまいりました。

キャリアを重ねるにつれ、私自身がやりたいと思う仕事と現実との間に少しずつギャップが生じ、「自分が得意とするやり方で挑戦してみたい!」という想いが日増しに強くなりました。

コロナ禍で私個人や周囲の状況も大きく変わり、「今ここで行動しないと次のチャンスはないかも」と勇気を奮って会社を辞め、そして作ったのがこの『漸コンサルティング』となります。

経営戦略コンサルタントとは?

「プロ経営者、経営コンサルタントは『創造的頭脳業種』である」

「プロとは社会の中における個人の突出である」

三枝 匡『戦略プロフェッショナル』より

大手では経営戦略コンサルタントを雇っている企業も多いのですが、仕事の性質上、中々表には出てこない職業かなと思います。そもそもビジネスの何に役立つのか、分かりづらい点も多々あるかと思うのでご説明いたします。

なぜ分かりづらいかと言えば、様々なビジネスシーンで『戦略』という言葉が使われており、それぞれで意味合いが異なるためです。肩書は同じなのに、持っているスキルやノウハウが全く異なることもあります。

基本的には他のコンサルタント同様、クライアントの課題解決をするのがお仕事になります。正しいビジネスの目的を設定し、そしてその目的を達成するためのステップを描くことで、クライアントの目標達成を支援する技能職業です。

一言で全体プロセスを説明すると、

『クライアントの課題に対して大局的に漏れなく物事を把握し、優先順位を付けながら、論点となる検討項目を絞り込んでいき、仮説検証によって売上・コスト・リターン・実現性を考慮しながら選択肢をリスト化し、効率的・効果的に解決策を模索・提案していく』

となります。

一般的特徴はプロジェクトの企画段階、つまり情報やデータが少ない状況下でも、実現性のより高いと思われる解決策を一定の根拠を基に私たちは洞察・検証・提案していく、という事でしょうか。

専門は事業戦略です

企業戦略を筆頭に様々な戦略があります。その中で私が特化しているのは事業戦略(財務含む)となります。そこを中心とし、企業・IT・人材育成の分野を少しずつカバーしています。

どのような経営戦略があるか
どのような経営戦略があるか

実際には内容が重複している部分もありますし、私もすべての戦略に精通しているわけではありませんので、あくまで参考程度に捉えていただけたらと思います。

戦略系と会計系コンサルタントの違い

どこの業界にも専門を区分するカテゴリーが存在します。コンサルティング業界にもカテゴリーがありますので、ご説明しておきます。経営関係では一般的に、戦略系コンサルタントと会計系コンサルタントに大別されるのですが、得意とする分野もそれぞれ異なります。

経営コンサルタントは戦略系と会計系に分けられる
経営コンサルタントは戦略系と会計系に分けられる

大手コンサルティング会社でも、戦略系はマッキンゼーやBCG (ボストンコンサルティンググループ)、会計系はアクセンチュアやデロイトトーマツなど区別される事も多いです。

例えば私の場合、我流では限界がありますので、構造化による仮説構築や仮定の設定および推定計算の基本は、戦略に特化した”FIRMSconsulting”様の手法を参考にしています。元マッキンゼーのパートナー(つまりトップ)だった方も参加し、一流のコンサルタント育成のために教鞭を取っておられる会社です。共著者の一人として書いた書籍『NINE LEADERS IN ACTION』の出版元でもあります。

また、財務予測モデルの基本レイアウトや財務分析手法などは、会計系の教育機関”Corporate Finance Institute”様を参考にしています。私が今まで見てきた中で、一番見やすく洞察を得やすい分析アプローチだと思いました。

ちなみに、Excelを使った推定需給に基づいての財務予測モデル作成や、統合モデルの構築・洞察の導き方は私の今までの知識と経験を基に一から積み上げたオリジナル手法となります。

したがいまして、新規事業および新商品開発をテーマとした経営財務戦略においては、私は戦略系と会計系の両方の関連知識を持っていると言えます。

漸 (ZEN) の名称由来とロゴデザイン

漸コンサルティングロゴ画像
漸コンサルティングロゴ画像

名前は仏教の『漸悟』という言葉からお借りしました。一つ一つ努力を積み重ねた結果、悟りを開く事を意味します。何事にも始まりがあり、継続する事で結果が生まれます。その精神を忘れずに仕事をする、という意味があります。ちなみに対義語はただちに悟りを開くという意味で『頓悟』と言います。

もう一つは、漸という字には『水を切る』という意味が含まれています。『形のないモノ (価値) に切り込む』という、勇気・主体的行動理念を表すためにも使っています。

その他、ゼンという読みから『全力を出す』や『禅の精神』という意味も込めています。

ロゴデザインの鳥は『不死鳥フェニックス』で、江戸時代の中井竹山の言葉「苦しみて後悟り、倒れてまた立つ」をイメージし、日本刀は戦略家としての『武士道精神 (※1) 』を表しています。また、熱さと冷たさを兼ね備えた『秋霜烈日』という、私自身の生き方を表現する意味もあります。

※1 江戸時代から幕末にかけて、大塩平八郎・西郷隆盛・高杉晋作など、多くの志士が学び、明治維新の原動力となった学問『陽明学(※2)』の事です。30歳の頃に初めて王陽明の教えに出会い、自分がずっと追い求めていた答えがそこにあると分かりました。当時感動して涙が出た事を覚えています。以来10年以上、人生で実践するよう心掛けてまいりました。この突然目の前が開けた、暗い山から昇る朝日を見るような経験は、上記の『頓悟』に近いのではと感じます。

※2 郷土の陽明学者としては、中江藤樹の門人で熊沢蕃山とともに『藤門の双璧』といわれた淵岡山、そして『寛政の三奇人』と評せられた林子平(六無斎)がいます。下記はお墓をお参りした時の写真です。

「突然変異は進化の基本プロセス」

映画『インターステラー』より

尊敬、共感する方々のご紹介

ここでは、私が人生の指針として尊敬している方々をご紹介したいと思います。

書籍では河井継之助王陽明フリードリヒ・ニーチェの3名を挙げました。

ここではもっと視野を広げてご紹介したいと思います。

一人目は自分が最も人生で共感する方、春日潜庵です。年少時は物分かりの悪さで教師をあきれさせたという逸話が残っている程の劣等生で、後年も同様に才気煥発という印象ではなく、ひたすら物事の本質を見極め、深く考えることに意をもちいる生き方を貫いた人です。寂莫にあこがれ、目立たないように心身を引き締めつつ己の道を見ようとする一方、内には満々たる英気を秘めた、陰と陽のバランスの取れた学者でした。私が知る中で、最も考え方や生き方が近いと感じます。ちなみに潜庵は西郷隆盛と深い心交があり、彼の教えを受けた人の中には東郷平八郎もいます。

二人目は私が10代や20代の頃によく遊んでいたゲーム『鉄拳』のキャラクター、三島財閥のトップであり格闘家でもある三島平八です。見た目からして個性がありますが、性格も強烈な人です。歯向かった自分の息子を谷底に落としたり、逆に窮地に陥った息子をかばったりします。当時軟弱で迷ってばかりいた私にとって、その圧倒的な強さはあこがれとなり、歳を取ったらあんなパワフルなじいさんになりたいとずっと願っておりました。ニーチェの超人思想のある一面を単純に分かりやすく表現すると、平八のキャラクターがそれに近い気がします。私はいい歳ですが、彼の境地に達するにはまだまだ未熟です。

三人目は漫画やアニメでも登場した『幽遊白書』の仙水忍というキャラクターです。純粋な善と悪の心を併せ持ち、圧倒的な強さで主人公たちを追い詰める悪役として登場します。ドストエフスキーの『罪と罰』に出てくる、純粋・無欲・真面目ゆえに魔境(※)に堕ちた主人公ラスコーリニコフを連想させます。仙水には心から共感・同情する部分もあれば、一方自分自身が同じ落とし穴に落ちないようにという反面教師として学ぶべき点があります。ニーチェが「鉄面皮な者、冷笑する者になるな」と強く警鐘を鳴らしているのも同様の理由で、希望を失った人の危険性を十分知っていたからだと思います。仙水のセリフの中で今でも覚えているのが、「俺はね、レベルを最高に上げてから敵のボスキャラに戦いを挑むんだ」という箇所です。全く割に合わないほど多大な時間を要して訓練し、最高まで強くなってから戦いを挑むという姿勢は私も全く同じで、人生や仕事でもその考え方は変わりません。そしてもう一つのセリフ、「これは修行中に自ら負った傷だよ、敵につけられた傷など一つもない」という言葉です。仕事上、心を開いて相手の立場で考える事も多いので、この「努力の過程で自ら傷を負い、敵に付けられた傷はない」という考え方は非常に示唆に富んだ教えと感じます。

以上、私が尊敬および共感する人々として、(架空の人物もいますが)書籍とここで6名ご紹介いたしました。

※ 魔境という表現は、近江聖人中江藤樹の『翁問答』に出てくる言葉を参考にしました。

味水の活動履歴

最後に、私の経歴を仕事以外の活動も含め、もう少し詳しくご紹介したいと思います。

1979年生まれ 宮城県石巻市出身。

20代をずっとオーストラリアで暮らし、大学はクイーンズランド州で最大規模を誇る『Queensland University of Technology (QUT)』を卒業。専攻は電気&コンピューター学科。

QUT卒業証書 電子&コンピューター工学
QUT卒業証書 電気&コンピューター工学

大学では、JAESat (Joint Australian Engineering Sattelite) プロジェクトに参加、テレメトリ(※)サブシステムのリーダーを務め、仕事では、主にウェブサイト制作やマーケティング、電子機器のメンテナンスなどを行う。

※ この場合、テレメトリとは人工衛星の健康状態、つまり全体のシステムが問題なく動作しているかどうかを各センサーでチェックし、そのモニタリングデータを地上のコントロールセンターへ送信する機能の事です。テレメトリ以外には電源・GPS・姿勢制御サブシステムがあり、さらにそれらを統合制御するためのメインコントロールシステムがあります。

学業以外では、国際色豊かな『4EB FM Radio Station』でボランティアとして数年間働き、その間に地域コミュニティへの貢献を目的とした『日本語ラジオグループ』を立ち上げ、初代代表『Convenor (招集者) 』に選ばれる。最盛期には20人以上の会員が集まり、チーム皆の努力で短期間でスポンサーを得る事にも成功する。

20代後半でビジネスに興味を持ち、起業(観光客向けの折り畳み自転車レンタルサービス『Bicycar』)にも挑戦するが失敗する。

日本に帰国後、今までの人生に思うところがあり、熊沢蕃山が提唱した『武士土着論』を実践するため、しばらく自給自足の農業を行う。鶏舎から自作したニワトリの飼育様子は、本で紹介される。

その過程で、ある産業で東北有数の企業にスカウトされて就職。農産物を生産・加工する仕事から始まり、商品開発・ホームページの企画作成、制御系システムの管理、メディアプロモーション、人材育成と急激に仕事の幅を増やしていく。

ある時、経営者の方から「味水はコンサルタントに向いているな」と助言を受け、聞き上手な性格(その分話下手ですが)と生来の洞察力を生かし、戦略コンサルタントとして働きはじめる。

問題解決のみでなく、事前に予見し・予防する事にも注力し、経営で起こりえた深刻な状況を2度回避。また、世の中のトレンドに合わせ、商品の売上を数倍に伸ばした実績あり。

自らの強み・能力で世の中に貢献できるよう、全力で活動中です。