このページでは、今まで学んできた哲学・宗教を体系化して、自らの信念について論理的に考えてみます。『尊敬している偉人たちの紹介』ページの教えも大いに参考にしています。

多少マニアックな内容となり、このようなお話が苦手な方も多いと思います。その際は、ここでお戻りいただけますと幸いです。

1.体系化した人生哲学の概要

全体のロジックとしては、以下のダイアグラムを使いながらご説明します。

自分用に体系化した哲学_孔子の修己治人、王陽明の知行合一、ニーチェの永劫回帰

この図が何を表しているのかと言いますと、「日本人が長年培ってきた武士道精神に、現代社会の知識・スキルを組み込む事で、個のポテンシャルを最大限に引き出した、私個人用にカスタマイズされている『学習プログラム』かつ『人生哲学』」という事になります。

2.図の詳細解説

上のダイアグラムを詳しく解説していきますと、私は孔子の『修己治人』や『五常の徳(仁・義・礼・智・信)』を人生の基本的指針としています。そこに、王陽明の『到良知』や『知行合一』、ニーチェの『力への意志』や『永劫回帰』などを基本フレームワークとして組み込んでいます。

王陽明やニーチェを重視する理由は、自らの陽の属性を強めるためです。

ただし、これだけですと理想主義に偏重し過ぎるので、現実的な対応も出来るよう、マキャベリの『マキャベリズム(現実的合理主義)』を追加しています。

上記のダイアグラムを具体的プロセスとして説明しますと、「志を立て(立志)、自己修養し、己を知り、己に打ち克ち(克己)、天命を知り(知命)、気合で学び・創造し、全力で実践(立命)します。そこから、私なりの『仁』の発現を目指していきます」という事になります。

分かりづらいので、ビジネスのPDCAサイクルを参考にこれを言い直しますと、「目的・使命を持って学び、実際のビジネスで実行し、その結果を己のビジネス・人生へとフィードバックしていきます」という事になります。

PDCAサイクルのダイアグラム

このプロセスを繰り返すことで、さらなる高み・深みを目指していきます。

3.志すべきは『潜龍』としての生き方

以上のような信念・哲学を貫いて生きていくためには、己自身を律する事が大切です。

「精神・道徳・言動は概(おおむ)ね収斂(しゅうれん)を主と為す。発散はこれやむ事を得ざるなり。天地人物皆然(しか)り」

王陽明『伝習録』より

「精神の収斂するよりはじむべし。精神を収斂する事は、言葉を慎むよりはじまれり。悪口妄言世俗の卑辞は、少し心ある人はいはず。言葉の発し易き事は吾らの通病也。いはざるを以てへだてと思うべからず」

熊沢蕃山『集義和書』より

そうやっていろいろ考察していくと、自分が志すべきは『潜龍』としての生き方だと分かってきます。具体的にどのように生きていけば良いのかと言いますと、『易経』には、孔子の言葉として次のように書かれています。

「子曰(いわ)く、龍の徳あって隠るるものなり。世に易(か)えず、名を成さず、世に遁(のが)れて悶(いきどお)るなく、是(ぜ)とせられざれども悶(いきどお)るなし。楽しめばこれを行い、憂うればこれを去る。確乎としてそれ抜くべからざるは、潜龍なり」

大橋健二『中江藤樹・異形の聖人-ある陽明学者の苦悩と回生』より

また、高杉晋作が愛読していた熊沢蕃山『集義和書』には、以下のような記述もあります。

「龍といふものは、羽なくて天に昇るほどの陽気の至極(しごく)を得たるものにて候(そうろう)へども、平生は至陰(しいん)の水中にわだかまり居(おり)候。是(ここ)を以て真実に武勇の心がけある人は、常々の養ひをよく仕(つかまつ)る事に候」

大橋健二『日本陽明学 奇蹟の系譜』より

加えて、同じ宮城県出身の淵岡山(ふちこうざん)は、師の中江藤樹の学問を「先師(藤樹)の学は潜龍也。時のいたらざるを以て、身を江西にひそめて此道(しどう)を後世にのこさん事をのみ心とし給(たま)へりとなり」と言っていたそうです。

中江藤樹_近江聖人

つまり、上に書かれている内容を実践していく事が、潜龍としての生き方であり、私にとっての『到良知(良知を致す)』という事になります。

4.まとめ

まとめますと、おそらくほとんどの方は、現代社会で生きていくために役立つ知識を優先的に学び、習得したそれらスキルを実際に世の中で活用されていると思います。その重要性については、今更述べるまでもないでしょう。

ただ、それで全力を出す事ができ、かつ自分の人生に満足できる方でしたら全く問題ないのですが、皆がそうではないはずです。特に精神的欲求の強い人であれば、「何のために生きているのか?」という人生の問いに、どこかでぶつかる事も多いと思います。

己の幸福を追求するだけでなく、豊かな心身で生きていける社会環境とするためには、「社会的成功(現にある自己)と、どのように生きたかという内実への問い(あるべき自己)は、同じ方向を向いている事が望ましい」です。

現にある自己とあるべき自己が、同じ方向を向いて生きていくための一つの答えを、今回私なりに出した形となります。

最後に、本記事で書かれているような内容を、クライアントとのコンサルティング時にお話する事はありませんのでご安心ください。なぜ記事を作成したのかと言いますと、仕事をする動機や原動力を説明しておきたかったからです。

5.備考と補足

一つ留意事項として、ここでご紹介したモデルは、自身の気質や性格などを考慮して作られたものです。性格が異なれば、当然自己修養のためのモデルも異なってきます。

それと補足として、孔子は最高の徳を『』としました。一方のニーチェは、『ツァラトゥストラはこう言った』の第一章最後の方で、「最高の徳はありふれてなく、実用的でなく、光を放って、しかもその輝きが柔和である。最高の徳は『贈り与える徳』なのだ」と言っています。

言い方や考え方のアプローチが異なるだけで、私はこの二つを同じ意味として捉えています。どちらの表現を使うかで悩みましたが、『仁』の方が多くの日本人にとって馴染み深いと思うので、ここではそちらの表現で統一する事にいたしました。